星と人間




入眠時

眠っている人間は、通常、夢を見ている状態を越えていくと、無意識のなかに移行します。超感覚的に認識すると、人間は寝入
ったあと、すぐに朦朧とした意識状態になります。もし人間が、意識を持って自分の状態を見ることができたら、自分がエーテル
界のなかに注ぎ出るように感じることでしょう。自分を、身体の外に感じることでしょう。身体内に限定されているのではなく、広く
注ぎ出るのです。自分の身体を、外に見出される客体として感知することでしょう。意識を持って知覚したら、この状態は人間の
心魂なかに、大きな不安を呼び起こすことでしょう。人間は、確かな支えを失ったように感じます。断崖のまえにいるように感じま
す。

「精神界の境域」と名付けられるものが存在するのは、「物質体(肉体)が与える支えを失ったような感情」と「未知のものに直面
したゆえの不安の感情」を、心魂のなかに担う準備をしなければならないからです。

この不安感は、普通に眠っている人にはありません。しかし、意識のなかには存在しませんが、人間はそれを体験しています。
日中は不安が、物質体の微妙な経過のなかに、つぎのように表現されます。人間が不安なときと、不安でないときとでは、物質
体の脈管活動が異なります。人間が意識のなかに不安・心配を感じるとき、何かが客観的に生じています。この心魂的・精神
的な不安を、眠る人は体験します。この不安の感情は、「宇宙を流れ、宇宙に繰り込まれる神的・霊的なものへの憧れ」と結び
付いています。

入眠直後の瞬間を、意識をもって体験したとしてみましょう。そうしたら、この不安のなか、そして神的なものへの憧れのなかに
自分がいるのが分かることでしょう。そもそも私たちが昼間に宗教的な感情を抱くのは、昼のあいだに体験する不安と、神的なも
のへの憧れが、日中の気分のなかに働きかけるからです。(P39-P40)



太陽という神霊存在

スペクトル分析に関する自然科学の成果、そして、その他の成果から、太陽についての見解が作られました。その見解は、地
上の状況を模したものです。輝くガス体という表象が形成されました。そして、輝くガス体という表象を、太陽に転用しました。太
陽についての本当の表象を獲得するために、私たちは精神科学の土台に立たねばなりません。物理学者は、太陽は輝くガス
球である、と信じています。

太陽は、宇宙の光を受け取って、それを私たちに反射する、まったく霊的な存在です。宇宙空間をのんびりと巡る物質存在では
ありません。個我(自我)の発達は、悟性的な表象と結び付いています。「太陽から放射するものは、個我の発達と関連してい
る」と、ギリシア人は感じていました。ギリシア人は太陽光線を、「自分のなかに個我を点火するもの」と感じていました。(P113-
P114)
(関連ページ) 自然と人間の生活-太陽とは何か  宇宙のカルマ-私は太陽からやって来た



コペルニクス

中世まで、東ローマ帝国がコンスタンチノープルにありました。しばしばポーランドのユダヤ人がカフタンを着て、古い巻物を持っ
て私たちのところに来ます。彼らは著名な学者ではありませんが、ユダヤ教の基礎知識を持っています。

霊智のすべてが根絶やしにされたとき、このような人々がコンスタンチノープルにやってきました。彼らは、多くのことが記され
た、大きな羊毛紙の巻物を携えてきました。それらの羊毛紙の巻物は、すべてコンスタンチノープルで買い取られました。バビロ
ニアとアッシリアから伝わってきたものが、コンスタンチノープルで倉庫に入れられました。そして、だれも気にとめなくなりまし
た。

ヨーロッパでは、精神文明すべてが根絶やしにされました。12世紀、13世紀、中世になって、東ローマ帝国は没落していき、羊
毛紙はふたたび白日の下にさらされました。さまざまな人が、羊毛紙をくすねました。その羊毛紙がヨーロッパにもたらされまし
た。学識のない人々が、それらの羊毛紙を解読しました。

そのようにして、中世に「小さな知識」が広まりました。その小さな知識が、探求精神を持った人々を刺激しました。羊毛紙がヨ
ーロッパにもたらされて、高い金額で買われなかったなら、ファン・ヘルモントやパラケルススなどは出現しなかったことでしょう。
こうして、多くのものがヨーロッパにもたらされました。

このようにしてヨーロッパにもたらされたものが、今日でも秘密結社のなかに生きています。フリーメーソンやオッドフェローなどの
結社があります。高価な羊毛紙に由来する知識が、コンスタンチノープルからヨーロッパに来ていなかったら、それらの秘密結社
はいかなる知識も有することがなかったでしょう。

しかし、人々はその知識を高く評価しませんでした。コペルニクスのような学識ある司教座付き参事会員は、羊毛紙を持ってい
る人々のところには行きはしませんでした。そのようなことをしたら、人望を失ったことでしょう。こうして、古代の科学は人望を失
ったのです。コペルニクスらが打ち立てた科学が、今日でも通用しています。

コペルニクスは天文学を樹立しました。彼は、かつて知られていたことを、もはや知りませんでした。コペルニクスに続く世代は、
コペルニクスの言ったことを理解しませんでした。コペルニクスが綴った二つの文章は理解されました。三番目の文章は、理解さ
れませんでした。コペルニクスが書いた二つの文章を理解した人々は、「太陽が中心にある。太陽のまわりを水星・金星・地球
などが回っている」と信じました。これは今日、どの学校でも教えられてことです。しかし、コペルニクスが語ったこと全体を理解し
たら、そのようには思えません。

太陽があり、その背後に水星、さらに背後に金星、そして地球などがあるということに、彼は注意しました。それらの惑星が、太
陽とともに、宇宙空間を螺旋状に動いています。そのように、コペルニクスの本から読み取ることができます。

コペルニクスは昔の科学を蹴飛ばしました。しかし近代人は、コペルニクスを理解しなかったのです。コペルニクスは二つのこと
を述べたのではなく、三つのことを述べました。三番目のことは理解困難なものでした。こうして天文学は、今日のような単なる
計算になりました。(P144-P146)
(関連ページ) 教育芸術2-宇宙は螺旋を描く  神智学の門前にて-宇宙は螺旋を描く


錬金術

「昔の科学は、今日のような方法で築かれたのではない」と、考えることができます。私たちは明晰な心魂によって、知識を得な
くてはなりません。古代人は、むしろ本能的に、知に到達しました。古代人が有していた知識は、もはや理解できないものになっ
ています。

最近、あるスウェーデンの学者が、昔の錬金術の本を読んでみました。その本には、「鉛を銀に混ぜると、こうなる。そこに金を
加えると、こうなる」などと書かれていました。「書かれているとおりに、やってみよう」と、その学者は思いました。彼は実験室
で、その本に書かれているとおり、鉛・銀を火で処理しました。しかし、何もできませんでした。

その本は、ところどころ、記号で書かれていたのです。太陽=金の記号が書かれていたので、彼は金を化学的に加工しました。
土星=鉛の記号が書かれていたので、彼は鉛を化学的に加工しました。

錬金術師は、その記号で金属を表したのではなく、惑星を表していたのです。太陽の力が土星と月の力に混ざって、太陽と月
の力が母体内の胎児に作用したらどうなるかが述べられていたのです。

古代の錬金術師が母体内の胎児について述べていることを、スウェーデンの学者は、外的な物質を用いて、レトルトのなかで行
おうとしたのです。母体内での胎児の発生について述べられているのですから、うまく行くはずがありません。このように、昔の
科学が意味していたものが、今日ではわずかしか理解されていません。(P146-P147)
(関連ページ) 神智学の門前にて-賢者の石  薔薇十字会の神智学-賢者の石