聖杯の探求





アニミズムというものは存在しなかった

ゴルゴタの秘儀の2〜3世紀後、3世紀、4世紀になってから、思考はかすかに今日と同様の性格を持ちはじめました。それ以前
は、あらゆる古代民族において、思考がまだ生命を有していました。思考は内的な生気を、地上存在のなかに持ち込んでいまし
た。精神的・心魂的存在であったときに有した生気を、思考は地上存在のなかに持ち込みました。人類の内的な心魂状態の進
化を研究する人は、このことに思いいたります。

あらゆる古代の世界観において、秘儀参入学から発した世界観であれ、秘儀参入学を有さなかった世界観であれ、川・泉・雲・
稲妻・雷・植物・動物などが、霊的なもののように見なされました。単なる詩的な空想から、通常「アニミズム」と言われる「自然
の神霊化」が発したと思うのは、陳腐な表象です。アニミズムというものは存在しませんでした。

植物を見るとき、そこに霊的なものが支配しているのを見る思考が、人間の心魂のなかに存在していたのです。今日の人間が
通常の意識で緑の葉や赤い花を見るように、古代の人間は神霊的・心魂的なものが支配しているのを見ました。雲のなか、川
のなか、山のなか、谷のなかに神霊的・心魂的なものを見ました。今日では精神なきものと見られている存在すべてが、内的に
霊に浸透されているのを見ました。(P13-P14)


宗教の起源

アトランティスの大洪水のまえには、そもそも宗教というものはありませんでした。

宗教は、人間が超感覚的世界を直接的に知覚・観照できない、ということを前提にしています。少なくとも、人間の大部分が超
感覚的世界を知覚できない、ということを前提にしています。人々の大部分が超感覚的なものを知覚できないときに、人間を超
感覚的なものに結び付けるのが宗教です。何千年にもわたって、人々は超感覚的なものを直接知覚できず、預言者・賢人・密
儀などをとおして、さまざまな方法で超感覚的なものが伝えられてきただけです。

アトランティスの大洪水のまえ、私たちの先祖の大部分がアトランティス大陸に住んでいたころ、人々は多かれ少なかれ超感覚
的なものを直接的に経験・知覚していました。人間が神霊世界のなかに生きていた時代には、今日の人間が感覚世界を経験す
るように、いつでも神霊世界を経験できました。そのころは、宗教は必要ではありませんでした。

太古のアトランティス人が超感覚的世界を知覚できたのは、彼らのエーテル体(生命的身体・形成力体)がまだ完全に物質的身
体のなかに入り込んでいなかったからです。エーテル体の頭部は、物質的身体の頭部をまだ覆っていませんでした。エーテル
体が物質的身体に完全に浸透することによって、人間が外界に出ていく土台が与えられました。

超感覚的世界の扉が閉じられたとき、人間は修行を積むことによって、感覚界と超感覚的世界とを結び付けることが必要になり
ました。アトランティス時代には、そのような必要がありませんでした。当時は、直接的な経験から、超感覚的世界を知ることが
できたからです。

神々と霊たちについての知覚が失われたとき、神々と霊たちについて語ることが人間に必要になりました。植物を見たことのな
い人にだけ、植物について語らねばならないのと同じです。これが、アトランティス後の時代の宗教の発展の理由です。

アトランティスの明視的な人間は、宗教を必要としませんでした。その人にとって、超感覚的な体験は事実だったからです。その
ような時代から、人間は進化していきました。それから、神霊世界の観照が消え去りました。「レリゲレ」は「結び付ける」という
意味です。「レリジョン(宗教)」とは、感覚的なものと超感覚的なものとの結び付きです。唯物論の到来が、宗教を必要としたの
です。

しかし、人間がふたたび超感覚的世界を体験する時代がやってくるでしょう。そうすると、もはや宗教は必要でなくなります。
(P30-P44)