釈迦・観音・弥勒とは誰か




魂の三つの力

古代の秘密の学院では、魂の三つの力を均等に発展させたのではなかった。それぞれのカルマにしたがって、ある者は思考を
霊視力へと高め、ある者は感情を霊感へと高め、ある者は意志を魔術的な力へと高めた。そのために、古代の秘密の学院には
三つのクラスがあった。とくに叡智に満ちた方法で世界を見る能力を発展させた学徒は、高次の世界の現実がどのようなもので
あり、それらがどのように規則的に関連しているかを秘儀のなかに探求した者たちである。彼らは秘儀の専門家であるということ
ができよう。

ほかのクラスでは、とくに感情が育成された。認識と意志の育成を度外視して、感情が形成されたのである。今日ではよく理解
できないだろうが、とくに感情を育成することによって、彼らは医者になった。古代には、医者は感情から発する霊的な作用を用
いて、感じやすい魂を癒したのである。これが、秘儀参入者の第二のクラスであった。彼らは感情を高めて供犠の意志へと変化
させ、みずからの内に有する力のすべてを供犠に捧げた。仕事の分担がおこなわれていたのである。何が欠けているかを知り
たいときは、叡智を育成した者のところに行った。そして、何が欠け、何をすべきかを確かめた。思考能力を育成していないため
に、何が病人に欠けているかをいうことのできない者たちが相談にやってきたのである。彼らは病気の原因を自分で見出すこと
はできなかったが、感情の力を育成していたので、みずからの力を犠牲にして病人を癒すことができた。

第三の人々は、マギたちである。彼らは意志を育成した。彼らは外的な処置をおこなった。マギたちは意志の力を育成し、その
力を行使した。思考の秘儀参入者、感情の秘儀参入者、意志の秘儀参入者という三種の秘儀参入者がいたのである。

そして第四のクラスがあった。そのクラスでは、思考、感情、意志が、それぞれある程度育成された。それゆえ、そのクラスの者
たちは、どの領域においても、その専門的な育成を受けた者たちに匹敵するにはいたらなかった。しかし、彼らには、三つの領
域において事物がどのように関連しているかが示された。力強い叡智の秘儀参入者、力強い供犠の秘儀参入者、力強い魔術
の秘儀参入者、そして第四のカテゴリーとして、その三つそれぞれを、ある程度有した者たちがいた。(P15-P16)


四つの福音書

四人の秘儀参入者がキリスト・イエスを描いたのである。キリスト・イエスを叡智の秘儀参入者として描いたのが、ヨハネ福音書
の筆者である。キリストを感情の秘儀参入者として描いたのが、ルカ福音書の筆者である。魔術的な力に関してキリスト・イエス
を描いたのが、マルコ福音書の筆者である。人間の下位の三つの構成部分の調和的な形態を描いたのが、マタイ福音書の筆
者である。それぞれ、自分の秘儀参入の観点からキリスト・イエスを描いたのである。(P17)


太陽の宗教

神秘学的な観点から、キリストの宗教を太陽の宗教と名づけるなら、キリストの宗教の反射であるヤハウェの宗教を、月の宗教
ということができる。キリスト教に先行する時代に、太陽の宗教は月の宗教によって用意されたのである。(P180)